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新春号特別インタビュー 登山家 田部井淳子さん

新春号特別インタビュー
登山家 田部井淳子さん 取材・構成/西村信子
夢をかなえること それは生きること


 田部井さんといえば、エベレスト。1975年、女性として初めて登頂に成功したその偉業は、世界中の女性に勇気を与えた。そして、女性初の7大陸最高峰登頂者に。1992年、53歳の時だ。
65歳になる現在も、山岳環境保護の啓蒙活動に力を入れるかたわら、年間7~8回の海外登山に出かける。山を愛し、自然体で夢を追い続ける、その素顔に迫った。

Q.今なお精力的に活動を続ける、そのエネルギーの源は?
「知らないことを知りたい、行ったことのない場所に行きたい、そんな気持ちです。あっちに行きたい、こっちに行きたいといつも思っています」
 単純な行動こそ、強いもの。この純粋な好奇心が世界のタベイを作ったわけだ。

Q.母、妻、登山家の両立はどのように?
「結婚の条件は『2人だからこそ、やりたいことがうあれる相手』でした。エベレストに登った時はもう長女がいましたが、夫は『男よりも女が登るほうが価値がある』といって応援してくれました。だからと言って、自分の要求だけを通すわけにはいきません。ぎりぎりまで自分の領分を全うするから、家族の協力も得られる。できることはキチンとやるのが鉄則です。例えば子供達が大きくなるまでは、学校のスケジュールを優先して、カレンダーを付き合わせて、自分の計画を入れる狭間を探すんです。あきらめずにできることをするわけですね。」

Q.山の魅力は?
「空気はいいし、花も咲く。変化がある。山の中にいるだけで気が休まる。充実した、都会にはない良さを味わえます。自分の身は自分で守らなければなりませんから、五感も鋭くなります。それから、海外の山へ行くようになってから気付いたのが、日本の山の素晴らしさ。豊かな森林、渓谷の美しさ-砂漠だったり、氷に閉ざされた外国の山々と比べると、本当に変化に富んでいます。そして、皆さんにお伝えしたいのが、メジャーな山以外にもいい山がいっぱいあること。近くでも、丹沢や奥多摩、武蔵、秩父など魅力的な山はたくさんあります。」

Q.目下の目標は?
「各国の最高峰に登ること。これまで登ったのは、34くらいかな?国連加盟国だけでも190ヶ国以上ありますから、まだまだです」
こう言いながら最高峰のリストを目で追う田部井さん、その表情はとにかく楽しげ。叶えるべき夢のある充実感が伝わる。
「12月25日からは、チリの最高峰、オホス・デル・サラドに登ります。標高は6893メートル。体力を整えて、高度順応をして、登れれば登る、そんな気持ちで臨むつもりです」
 この自然体が田部井流。気負わず、1つずつ、が極意のようだ。

Q.登山以外にやりたい事は何ですか?
「とにかくいろいろなところに行ってみたい。英語圏に1年くらい留学するのも憧れます。それと45歳で始めた山スキーがうまくなりたい。これは体力的にはハードなんですが、足で降りれば何時間もかかるようなところを、さーっと降りられるのがたまらない魅力です。それから、今、ボイストレーニングを受けています。シャンソンがやりたくて始めたんですが、難しくて。今の練習曲は『カミニート』。リサイタルというか、発表会が開けるといいですねえ。歌の練習するときに必要なので、ピアノも再開しました。高校生以来です。目下の目標は、ベートーヴェンの月光を弾けるようになること」
 でも優先順位を伺ってみたら「やっぱり山が1番」なんだとか。

Q.夢を実現するために必要なものは?

「気力、体力、財力、そして周囲の人の協力。でもやっぱり1番大切なのは、健康です。これは自分の健康だけじゃなくて、家族の健康も含まれます。我が家の健康法は『朝は決まった時間にみんなでキチンと食事を取ること』。食事や睡眠のリズムを整えて手作りのものを食べる。基本が大切なのです」

Q.熟年世代に一言お願いします。
「最近の熟年は、元気ですよね。やりたいことをやっている人が多い。けれども『私がよければいい』みたいな、自己中心さが目につきます。特に集団だと、『これくらいいいよね』という甘えが目立つ。歳を重ねた分、気配り目配りをして、迷惑をかけない。こうあって欲しいです。動作も遅くなっているのだから、その分周到さを身に付けるべきです。例えば電車に乗るとき、改札前でカードを出すのではなくて、あらかじめ用意しておく。そんな心遣いが欲しいですよね。」

Q.ズバリ、田部井さんにとって、夢をかなえるということは?
「(まじめな顔をしてしばし考え、キッパリと)生きているってことですね。夢は、生きていれば叶えられる。死んでしまったらおしまいです」
 こう答えられた田部井さんの眼差しの深かったこと。登山家として死を身近に感じてきた経験や、着実に夢を叶えてこられた意思の強さが垣間見れた。

ikiru01_01.jpg 小粋な黒のジャケットでインタビューに答えてくださった田部井さん。耳元には52歳の時に開けたというピアスが揺れていた。性別や年齢にとらわれず、やるべきことをやった上でやりたいことをやる--ピンと伸びた背筋から、そんな生き様が感じられた。





ikiru01_02.jpg田部井淳子(たべいじゅんこ)
1939年福島県三春町に生まれ。昭和女子大英英文学科卒業。1969年女子登攀クラブを設立。1975年エベレスト日本女子登山隊 副隊長兼登攀長として、世界最高峰エベレストに女性世界初の登頂に成功。その後、マッキンリー、ビンソンマシフなど各大陸の最高峰に登頂。1992年女性で世界初の7大陸最高峰登頂者となる。2000年3月、九州大学大学院比較社会文化研究科修士課程修了。現在年7~8回海外登山に出かけるかたわら、山岳環境保護団体・日本ヒマラヤン・アドベンチャー・イラストの代表として奔走する毎日。