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ガンを乗り越え59歳で日本語教師に 特集【いつまでも夢追い人】

ガンを乗り越え59歳で日本語教師に ~橋本文子さん(63歳)

日本語教師としての日々を過ごすうち、ガン再発の危惧から脱する「5年目」を迎えた。
医師は「卒業です」の言葉をくれた。

84.jpg高校教師時代にガンに
高校で英語教師をしていた橋本さんにガンが見つかったのは50代半ば。精密検査の結果を待つ間、教師時代の楽しい思い出と「苦しかったらどうしよう」という気持ちが交錯し、布団の上で悶々とした。幸いガンの進行は遅く、手術は無事成功。が、2年以内の再発率は50%。5年間再発しなければ安心だという。術後の経過に注意する日々がスタートした。

病を乗り越えるべく、新たな勉強を!
退院後の橋本さんは学校を退職。再発したとき迷惑を掛けたくなかったからだ。3ヶ月ごとに再発チェックの検査をする日々に湧き上がってきたのは、「新しく勉強を始めて、ガンを乗り越えよう!」という気概。選んだのは日本語教師育成講座だ。実は橋本さん、体系的な教え方は学んでいなかったものの、この時すでに外国人に日本語を教えるボランティアをしていた。

日本語で日本語を教える教師に
日本語を教える勉強に本腰を入れ始めた橋本さんだが、納得いく教授法に出会ったのは58歳の時だ。それはEII教育情報研究所の「日本語で日本語を教える」教授法。「英語に置き換えて教えたら意味がずれる。日本語は日本語で」ということなんだそう。橋本さんはこれを1年でマスター、59歳で日本語教師になった。以降、非常勤講師として都内で教鞭を取っている。

日本語教師は面白い!
橋本さんがこれまでの生徒との関わりから感じてきたのが、「夢のお手伝いをしている」という喜びだ。「将来は外交官か政治家になりたい」という英国人男性や、「母国で小学校の日本語教師になりたい」というオーストラリア人男性など、夢の形はさまざま。彼らの人生の一端に触れるとき「日本語教師は面白い」と感じるそうだ。

外国で日本語を教えてみたい
日頃は教える側の橋本さんだが、実は生徒の立場だったことも。それは夫のフランスへの企業派遣に同行した30年前のこと。世界の人々と肩を並べて学ぶ語学学校での日々に心底ワクワクしたそう。「当時は無自覚だったんですが、いつかこの逆をしてみたいと思っていました。それが私の原点です」と語る。そんな橋本さんの今の夢は「フランスで日本語を教えること」。30年の時を隔てて、夢はぐるりと繋がっている。

(取材・構成/西村信子)
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