読み物 - 連載モノ - 愛和の暮らし歳時記 - 美しい日本の12ヶ月再発見!9~10月編 【愛和の暮らし歳時記】

美しい日本の12ヶ月再発見!9~10月編 【愛和の暮らし歳時記】

美しい日本の12ヶ月再発見③9~10月編
愛和の暮らし歳時記 詩人 山中茉莉


【重陽の節句】(9月9日)
 もともとは旧暦の行事で、江戸時代には五節句の1つとされていました。「重陽」は陽数(奇数)の中でも最高数が重なることから、特に縁起の良い日とされています。旧暦では菊の花が美しかったことから、「菊の節句」とも呼ばれています。現在は季節に関係なく菊の花を楽しむことができますが、重陽の節句に、菊酒を飲み交わす習慣は「菊花の宴」として奈良時代に中国から伝わったものです。長寿と無病息災を祈って菊酒の盃を交わす宴は、平安時代には宮廷の行事として定着。丁度秋の収穫と重なり、庶民の間では「栗の節句」または「お九日(くんち)」と呼んで祝われるようになりました。

【仲秋の名月】(旧歴8月15日)平成21年=10月3日
 旧歴では7、8、9月は秋です。その秋の真ん中(最中)の8月を中秋と呼び、中秋の満月(15日)はことのほか明るいことから「仲秋名月」と呼称。(ちなみに普段の満月は「明月」と書きます)。仲秋の名月を鑑賞する風習は中国から伝来したもので、奈良、平安時代には「月見の宴」が催されていました。庶民の間では、秋の収穫物を感謝する十五夜祭りとして発達。この夜は秋の七草、そして収穫物とともに月見団子を供えます。ところで、所沢の里芋は全国でも美味しいことで知られていますが、十五夜には全国で里芋を供える習慣があります。このことから「芋名月」ともいいます。関東では里芋を、そのまま茹でて、衣被(きぬかつぎ)にして供えるところが多いようです。

【敬老の日】(第3月曜日)
 第3月曜日は「敬老の日」国民の祝日と決められています。以前は9月15日でしたが、15日は「老人の日」の記念日として残しています。15日の起源は、聖徳太子593年の9月15日に摂津に悲田院を設立したことに因みます。悲田は三福田の1つで、病人や貧窮者を悲(あわれ)み恵み施せば福果を得られるという、仏教の教えに由来するものです。悲田院は、その教えに従い、身寄りのない老人や、病人などを救う施設でした。後に鑑真や光明皇后が設置し、十世紀頃まで続いたといわれています。

【お彼岸(秋分の日)】9月23日頃
 この日、太陽が真東から昇り、真西に沈むことから昼夜の長さが均等になります。お釈迦さまは、中道を説いておられることから、この日を中心に前後3日間の計7日間を、僧侶たちの悟りの世界(彼岸)に行くための修行週間としていたに起因。この日、墓参りなどの先祖を供養する習わしは、板垣天皇の御代(806年)に秋夏の2回、皇祖の追善供養を行ったのがはじまりとされています。各家庭では、西方にあるという極楽浄土と現世が1番近くなる日として、おはぎを作り仏前に供えたりして先祖供養します。昭和23年に「秋分の日」として国民の祝日に制定されました。

【えびす講】(10月20日)
 10月のことを旧暦の呼び名で「神無月」といいますが、これはこの月に日本中の神様が出雲大社に出向き神様が居なくなることに由来しています。しかし、この月にえびす神だけが、留守を守るとされていることから、人々がえびす神を慰めるためにはじまったのが「えびす講」とされています。えびす神は商売繁盛の神とされ、漁村では「豊漁の神」、農家では「豊穣の神」として信仰を集めています。七福神の1人。「肴」を供えて祝います。

【十三夜】(旧歴9月13日)平成21年=10月30日
 十五夜から一ヶ月後の旧暦9月13日の夜のことを「十三夜」といいます。十三夜の歴史は古く、中国から十五夜の風習が入ってくる以前からあったといわれています。十五夜の「芋名月」に対し、十三夜を「豆名月」「栗名月」または「後の月」ともいいます。昔から十五夜の月見をしたら、必ず十三夜にも月見をするのが習わしとされ、十三夜を見忘れると「片見月」といって縁起が悪いとされていました。美味しくなった豆や栗をお供えして、みんなでいただきます。

 食欲の秋、読書の秋、芸術の秋、スポーツの秋・・・日々の暮らしのなかで、楽しいことをいっぱい発見して過ごしたいですね。

山中 茉莉 (やまなか まり)
詩人・脚本家。また、宝石文化研究、日本のフリーペーパー研究者としても幅広い講演活動を続けている。
大学・専門学校講師(マスコミ論)(芸術文化論)/ジャパンジュエリービジネススクール特別講師/日本音楽著作権協会会員/日本ペンクラブ会員/日本文芸家協会会員 
/* */