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美しい日本の12ヶ月再発見!11~12月編 【愛和の暮らし歳時記】

美しい日本の12ヶ月再発見④11~12月編
愛和の暮らし歳時記 詩人 山中茉莉


【七五三】(11月15日)
 三歳の男女児と五歳の男児、七歳の女児の成長を祝う通過儀礼です。幼児が三歳ではじめて前髪をたくわえて児童になる「髪置の祝い」、男児が初めて袴をはく「袴着の祝い」、女児が付け紐をとって初めて帯を使用する「帯祝い」をそれぞれに吉日を選び、個々に神社に参拝していました。それを特に11月15日に固定したのは徳川時代に徳川綱吉の子、徳松の祝いを旧暦11月15日に行ったことに起因しています。また、それぞれのお祝いを、ひとまとめにして「七五三」と言い出したのは明治以降のことです。おなじみの千歳飴は子供の無事な成長と長寿を願ったもの。徳川秀忠の時代に浅草の飴売りが「千年飴」「長寿飴」と名付けて売り出したのが始まりといわれています。

【新嘗祭(にいなめさい)】(11月23日)

 シンジヨウ祭ともいい、天皇が新穀を神に奉じ、感謝するとともに、神々と共に食する(直会)行事で宮中の最も重要な儀式の1つといわれています。民間でも収穫を感謝する行事や祭りが全国各地でおこなわれます。新嘗祭は皇極天皇(624年)の時から毎年11月(第二卯の日)におこなわれるようになり、その後、天皇即位の初めておこなうのを大嘗祭、毎年おこなうのを新嘗祭と呼称されるようになりました。新嘗祭が新暦の11月23日と決められたのは明治6年ですが、起源を遡ると「古事記」「日本書紀」にその記述にたどりつきます。現制度では、この日は、国民の祝日として「勤労感謝の日」に定められました。

【秩父夜祭り】(12月2日~3日)
 三世紀前半の崇神天皇の時代に知知夫彦命が、遠祖八意思金命(知恵の神)を祀り鎌倉時代には妙見菩薩を合祀したとされる秩父神社の例大祭。武甲山の男神と妙見宮(秩父神社)の女神がお旅所で会う祭りと伝えられています。豪華な山車は、日本三大曳山祭りの1つ。秩父神社の神楽殿では伝統の神楽が舞われ、屋台行事とともにこの神楽は国の重要無形民俗文化財に指定されています。ぜひ、ご家族で。

【大宮氷川大湯祭】(12月10日)
 さいたま市にある氷川神社(JR大宮駅より25分)の冬祭りで、古くは御火祭といい、一般には「十日市」「酉のまち」「大国市」で知られています。別名を福迎神事ともいわれ、幸福な新年を願う参拝者に福神札や福神像の神事がおこなわれます。この大宮氷川神社は関東平野南部に多数鎮座する氷川神社の総本山で、祭神は出雲国から移し祀られているスサノウのミコトと、妻のクシナダヒメノミコト、二神の子孫のオオクニヌシノミコトです。秩父神社同様に、県内の歴史ある大祭の1つです。

【冬至】(12月22日)
 1年中で最も昼間が短く、夜が長い日。この日から太陽の力が復活することから古来、中国では冬至を暦の起点としていました。そのことから「一陽来復」の節目として祝う習慣が定着。あずき粥(赤は邪気を払う)や栄養価の高い、やかぼちゃなどを食べ、柚子湯に入るならわしがあります。柚子湯は、血行促進と邪気を払う禊ぎの意味があり、また冬至に、なんきん、れんこん、にんじん、ぎんなん等「ん」のつく食べ物を食すと「運」がつくという言い伝えがあります。

納めの観音(12月18日)
納めの大師(12月21日)
納めの地蔵(12月24日)
終い天神(12月25日)
納めの不動(12月28日


 それぞれの寺社には縁日が定められていますが、12月の縁日を、特に年の終わりの締めくくりという意味から「納めの日」としています。
 「納めの観音」は三十三化身して衆生を救うという観世音菩薩信仰をさします。「納めの大師」は弘法大師信仰のことで、「納めの地蔵」は子育て地蔵、身代わり地蔵など広く民間に親しまれている地蔵菩薩信仰のことです。「終い天神」は祭神の天神様こと菅原道真の命日2月25日に因んで毎月25日を縁日としています。「納めの不動」は大日如来の使者として人々を救う不動明王信仰をさします。今年はちょっと、お近くの神社に足を運んでみませんか。

山中 茉莉 (やまなか まり)

詩人・脚本家。また、宝石文化研究、日本のフリーペーパー研究者としても幅広い講演活動を続けている。
大学・専門学校講師(マスコミ論)(芸術文化論)/ジャパンジュエリービジネススクール特別講師/日本音楽著作権協会会員/日本ペンクラブ会員/日本文芸家協会会員