スペシャルインタビュー - 三田明さん

スペシャルインタビュー 三田明さん

昭和38年、16歳で「美しい十代」でビクターからデビュー。青春ソングとして、今でも歌い継がれています。「御三家」の、橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦さんに加え、四天王と称された三田明さん。端正な甘いマスクで女性に絶大な人気を誇りました。芸能生活50周年を迎えた三田明さんに近況をお伺いしました。
ともに頑張ってともに人生を謳歌しようよ
Profile 三田 明 (みた あきら)
1947年生まれ(65歳)昭和38年、ビクターレコードより『美しい十代』でデビュー。写真家・秋山庄太郎先生に“日本一の美少年”と絶賛され、元祖アイドルとして芸能生活をスタートさせる。昭和39年NHK紅白歌合戦に初出場。 以後、6年連続出場。『長七郎江戸日記』にレギュラー出演。2004年、第46回 日本レコード大賞功労賞受賞。2013年、芸能活動50周年。
元祖アイドル歌手
――デビューにまつわる話を教えてください
オーディション番組「ホイホイ・ミュージックスクール」に出演したのがきっかけです。昭和38年に、コロンビアレコードから舟木一夫さんがデビューするという情報をキャッチしたビクターが、その対抗馬として抜擢してくれました。デビューが決まった時は既に「美しい十代」という曲はできていて、日活映画、当時学研から出ていた「美しい十代」という女学生向けの雑誌、その3つがスクラムを組んで大々的に売りだしたのです。女性の写真しか撮らなかった写真家の秋山庄太郎先生が撮影してくれて、「日本一の美少年」とか「ビクターの秘密兵器」等のキャッチフレーズがつきました。デビューしたのは、高校1年生の16歳。売れると思っていなかったのに、あまり実感が沸かないまま売れちゃったんですよ。生活がガラリと変わりました。外を歩けない状況で、車に乗る時には取り囲まれて、車が凹むこともしばしばでした。
――国民栄誉賞を受賞した作曲家、吉田正先生の門下生になられたのですよね
 憧れの存在だった、橋幸夫さんや吉永小百合さんの先生で、まさに雲の上の存在の方でした。初めて先生のレッスンを受けた時は頭が真っ白になってしまって、何も憶えていないのですよ。  10代が終わり、20代となって青春歌謡から、大人の歌を歌う時期に、色々な葛藤や悩みがありました。そんな中、ものまねをやってみないかという話があり、玉置宏さんが司会をしていた「象印スターものまね歌合戦」に出演しました。現在盛んなものまね番組の走りですね。そこで好評を得て、自分の新たな面を発見できたと思います。その後、時代劇「長七郎江戸日記」にレギュラー出演、京都に拠点を移し、里見浩太朗さんらとお芝居をしました。そのとき、チームワークの大切さを学び、歌も同じだなと思うようになりました。また歌いたくなり、歌手活動に力を入れることになったのです。

歌う事で、人の力になれる喜び
――舟木一夫さんや西郷輝彦さんと共演したそうですね
 一昨年、舟木一夫さん、西郷輝彦さんと「BIG3スペシャルコンサート」と題打って共演しました。同じ世代を生きた良きライバル達と、楽しい時間を過ごすことができました。来年春再び共演予定です。
 それと、明煌(あきら)の会という、ファンクラブを立ち上げたのですよ。私は太陽を浴びて育ってきました。それを皆様にお返しして、一緒に輝きたいという思いからその名前をつけました。昔ファンだった方が、結婚や子育てを経てまた帰ってきてくれたのです。先日、埼玉県久喜市で50周年記念コンサートをしたのですが、満員の大盛況でした。場内では、ペンライトやうちわで応援してくれて、皆さん少女のように、キラキラした目をしてましたよ。
 私はこの歳になって、改めて歌の力の偉大さを感じるようになりました。病気で入院し、外出もできないような方が、私の歌を聴いて元気になられたときいて本当に嬉しく思いました。私は、歌うことによって、これからも同世代の方とともに喜びを見つけ、人生を謳歌していきたいと思います。
――新曲を発売されましたね
 昨年秋に五十周年記念アルバムを出したのですが、その中で好評だった、3曲が入っています。その3曲のカラオケバージョンも収録されています。皆さんもふと過去を振り返った時、「あの人はどうしているかな?」と思う時がありますよね。「君に似た女(ひと)」はそんな想いを込めた歌です。ぜひ手にとって聴いてみてください。

 お名前のように、きらきらと輝く、正にスターというオーラを放っていました。今まさに円熟の時を迎え、今後も私達に、素晴らしい歌声を聴かせてくれることでしょう。
 2013年4月
 (聞き手/編集長:山本英二)

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