スペシャルインタビュー - 美川 憲一さん

スペシャルインタビュー 美川 憲一さん

歯に衣着せぬ物言いが受け、ワイドショーやバライティ番組でお馴染みの美川憲一さん。歌声はもちろん、毒舌やトークが人気で幅広いファンを集めている。NHK紅白歌合戦では小林幸子さんとの派手な衣装対決での話題や時代のブームを残すなど、記憶に残る活躍をしている美川憲一さんにお話を伺った。
風邪もギックリ腰も精神力で治すのよ!
乗り越えた先には、
     必ず良いことが待っているもの
Profile 美川 憲一(みかわ けんいち)
1946年長野県諏訪市生まれ。
1964年「大映ニューフェイス」に合格するも、後にスカウトにより歌手に転向。3作目の「柳ケ瀬ブルース」が大ヒットし第3回日本有線放送大賞特別賞受賞。ムード歌謡の第一人者へ。1968年~1974年と1991年~2009年の計26回、NHK紅白歌合戦の出場をはたす。個性的なキャラクターを生かし「芸能界のご意見番」としての顔もすっかり定着、ワイドショーやバラィティーに欠かせない存在となる。ライフワークの一つとして毎年シャンソンコンサートを行うなど、幅広い才能で活躍の場を広げている。
――出世作「柳ケ瀬ブルース」の誕生秘話
 元々俳優を目指していたが、当時通っていたジャズ喫茶でスカウトされ1965年に歌手デビューを果たした。当時、青春歌謡路線で売り出された美川さんにとって、演歌調である「柳ケ瀬ブルース」を歌うのにはかなりの抵抗があったと言う。
 「三橋道也さんのように高音でこぶしが回るようなド演歌のソノシート(デモテープ)を聞いた時、自分の世界とあまりにもかけ離れていて、それはもうショックだったわ。『社長、僕にはこの曲を歌うのは無理です』と言って、そのまま帰ってしまったのよ。『新人のくせに!』と怒られ土下座させられたけれど、それほどこの曲は歌いたくなかったわね。だからレコーディングの時にもいやいや歌ったの。歌詞の意味も分からずぶっきらぼうに。でも、逆にそれが良かったみたいで『若いのに冷めてていいねー。この若さでシラーとしてこんな雰囲気出せるなんて』って言われたのよ(笑)」
 「柳ケ瀬ブルース」は発売後あっという間にヒットし、その後にレコーディングをした「新潟ブルース」「釧路の夜」など、今で言うご当地ソングの先駆けとなった。
――ものまねブームがきっかけで再ブレイク
 1980年代、大人気のものまねタレント『コロッケ』による美川さんのまねがうけ『オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦』で初共演。サプライズで登場する「ご本人登場」での第1号となった。
 「コロッケの『さそり座の女』のワンコーラスの後、後方から出てきたの。あの時の皆の驚きぶりは凄かったわ。審査員席でお元気だった淡谷のり子さん(享年92歳)が、おなか抱えて笑ってらして…。『いい迷惑だわ!』『こんな安もの着ないわよ!』って毒ついたのがまた大うけ。この一瞬から世界が変わったようだったわ。放送後、出演依頼がビックリするほど来たのよ。これは商売になると思って、私の方からコロッケにジョイントの声をかけたの。本当にコロッケには感謝しているわ」
――個性的なキャラクターで大人気に
 「その後にきたCMが金鳥の『タンスにゴン』。自転車に乗りながら言う台詞『もっとはじっこ歩きなさいよ!』が流行語にまでなっちゃって。この仕事、パーにしたくなかったから、自転車に乗れないのを隠して引き受けたのよ。本番2時間前迄練習したんだけど、おぼつかない危なっかしい雰囲気の中の台詞がインパクトあったのね。このCMが私のキャラクターがブームになるきっかけをつくってくれたのよ」
 子供からお年寄りまで、幅広い層に人気の美川さん。今では、「お姉キャラ」「セレブキャラ」がすっかり定着している。「おだまり!」もそんな美川さんから生まれた流行語。「おだまり!劇場」なる座長公演も好評で、北千住1010でアンコール公演があると言う。
――過去を振り返らず現時点を見据えて生きる
 今年で芸能生活50周年を迎えた。
 「再ブームから今までの間に死ぬほど仕事しましたよ。体も丈夫だったから出来ましたけどねっ。病気は、精神力で治せるわ。次の日にステージがあったら風邪をひいてもそれどころじゃないもの。後は、ストレスを溜めないで発散する事。誰でも歳と共に衰えを感じるけれど、良い時代の事ばかり考えてないで、現時点を見つめて生きがいを持って先に進む。元気は自分が創り上げるものよっ!」
――ライフワークのシャンソンコンサート
 元々シャソン好きだった美川さんに、デビュー当時から親交があった淡谷のり子さんが「あなたの声はシャンソン向きよ」と勧めてくれたのが後押しとなり、1999年から毎年シャンソンコンサートを開催。今年で15年目、自分のライフワークの一つとして続けていると言う。
「シャンソンコンサートは、私の生き方を表現できる特別なステージ。どこまでも甘美でドラマチックで美しいステージを追求していきたいわ。大切な節目の今年、至極のステージをお届けするわよ!」


 2014年8月
 (聞き手:高橋牧子 編集長:山本英二)

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