スペシャルインタビュー - 新沼 謙治さん

スペシャルインタビュー 新沼 謙治さん

新沼謙治さん育ての親とも言える阿久悠さんが「気持ちよく悲しい歌が聴こえる・気持ちよく悲しい風景がある・気持ちよく悲しい男がいる」と彼から滲みでる哀愁感を綴った。なるほど、本質をついているな…と思えるような褪せない素朴さと朴訥ながら温かさを備えた新沼謙治さん。そんな彼の心温まるインタビューをお楽しみいただきたい。
誰とも比較しない無理のない自分
志を素直に見つめ、新たに踏み出して生きる

Profile 新沼 謙治 (にいぬま けんじ)
1956年2月生まれ 岩手県出身 テレビのオーデション番組をきっかけに、1976年「おもいで岬」でデビュー。第2段「嫁に来ないか」の大ヒットでその年の新人賞を総なめ。以後、ヒット曲を連発しNKH紅白歌合戦に通算13回出場。芝居にも挑戦し「二百三高地」や大河ドラマ「炎立つ」で高い評価を得る。東日本震災後の2012年、故郷への想いを込めた自作曲「ふるさとは今もかわらず」の発表で音楽家として注目を集め、日本レコード大賞企画賞を受賞。現在もロングセラー中。
――「スター誕生」での合格
 熟年世代なら誰もがご存知、伝説のオーディション番組「スター誕生」。そこでの合格が無ければ今の自分はなかったと言う。200万人以上の若者が夢と希望を持って応募し、合格したのがわずか88組。オファーしたプロダクションとレコード会社は、男性史上最多の17社だったにもかかわらず、謙遜しながら当時を振り返る。
 「もの凄い確率だったんですけどよく合格できたと思いますよ。『スター誕生』からデビューするという事は、スタートラインがまず違うんです。左官職人だった自分がオーデション合格を機に、デビュー前から既に名前が売れているって感じです。『スタ誕』の黄金期だったので、恵まれたスタートが切れました。『嫁に来ないか』で多くの新人賞を受賞できたのもそのおかげだと思っています」
 歌以外にもアイドル的風貌+ズーズー弁が新鮮で「ドリフ大爆笑」や「カックラキン大放送」等のバラエティでは、いじられ役として人気者だった。但しご本人曰く、台本を覚えるのも大変、周りとのコミュケーションも苦手でバラエティ番組には出たくはなかったそう。
――試行錯誤の40年
 「19歳でいきなり芸能界にデビューしたのですが、どう生きても大変な世界です。売れても売れなくてもそれなりの辛さは付きもの。ただ僕は売れない事は苦労だとは思っていません。音楽が好き、歌が大好きでこの世界へ入った訳ですから。最初の10年間は修業だと思います。芸能人として周りに認めてもらうまでに20年はかかった意識です。途中、心の中で色んな葛藤がありましたが、40周年を迎える最近になってようやく自分の歌への方向性が見えてきた感じです」
 震災後、故郷岩手の復興を思いながら作詞作曲を手掛けた「ふるさとは今もかわらず」での再ブレイクで、目的を持って歌うことの喜びにふれたと言う。演歌寄りの青春歌謡でデビュー以来、阿久悠先生が自分の歌を聴き感じとった「気持ちよく悲しい」というキャッチフレーズを今なお大切にしているのだ。 
――悲しみを乗り越えて
 「ふるさとは今もかわらず」は、歌詞の中に何一つ悲しい言葉は入っていないのに泣ける曲である。生まれ育った大船渡の美しい海や山々を想って出来上がった曲だ。震災と最愛の奥様の病死を乗り越え、故郷を想い歌ったこの曲がプロアマ問わずに共感を呼んだ。
 「震災の年に妻を亡くしました。振り返ってばかりだと心が押し潰されそうになります。でも、元には戻らないですからね…。同じ様な思いを持って生きている人が世の中には沢山います。そんな中でみんな頑張ってますから。だからこそ感謝の心を忘れずに、新しく踏み出さないといけないんです。被災地でこの曲を地元のママさんコーラスや中学の合唱部の子供達と大合唱したのですが、自分も励まされた思いです。子供達から沢山のエネルギーも貰いました。緑豊かな草木の薫りが想い浮かぶような美しいメロディ、教室の匂いがする爽やかなコーラス…そんな暖かな曲を届けていく事が自分の使命なんだと思えるようになりました」
 チャリティコンサートや歌番組で、この曲を歌うごとに反響を呼び、「NHK歌謡コンサート」で杉並児童合唱団と歌唱した直後から問合わせが殺到。今では小学校教材用の譜面集に収録され合唱曲としても歌われている。
――自然を愛し自然を楽しむ
 「自然が大好きで青草の薫りや土の匂いりがたまらないです。山や川に身をおく事が元気の源なんす。自然に対する感受性は人一倍強いですね。だから全国どこに行くにもウォーキングシューズとジャージは欠かしません」
 本番当日にもかかわらず、ついつい『山』に誘われて本番直前まで戻らなく周りをやきもきさせたおちゃめな一面を持つ話に心が和んだ。
――熟年世代へ贈る言葉
 「親からもらった体を大事にして無理をしない事です。まず、自分が健康じゃないと他人に何もしてあげられない。自分を大事にする人は、他人も大事にできます。一度きりの人生、この歳になったら自分が心地良いと感じるものに囲まれていたいですよね。他人と比較しない無理ない自分を上手く表現できれば、自然にきらりと輝いて生きていける気がします」 

 彼の故郷、三陸の『碁石海岸』にはデビュー曲「おもいで岬」の記念碑がある。照れながらそう話す姿に、当時と変わらぬ人柄がうかがえた。来年、還暦を迎える新沼謙治さん。地元大船渡市で行われる還暦祝いで、旧友達と再会できるのをとても楽しみだと目を細めていたのが印象に残った。


 2015年6月
 (聞き手:高橋牧子 編集長:山本英二)

バナー

/* */