スペシャルインタビュー - 田辺 靖雄 九重 佑三子さん 夫妻

スペシャルインタビュー 田辺 靖雄 九重 佑三子さん 夫妻

芸能界きっての「おしどり夫婦」、憧れのシニア夫婦の代名詞ともいえる田辺靖雄さん・九重佑三子さん夫婦。お互いの個性を尊重しながら二人三脚で歩んできた夫妻には、お二人ならではの独特の世界がある。アイドルとして絶大な人気を集めた田辺さん・九重さんの素顔に迫るインタビューだ。
『2本のレール』を脱線しないように
      歩いていくのが二人の運命

Profile 田辺 靖雄 (たなべ やすお)
1945年4月5日生まれ 東京都出身。高校在学中に六本木野獣会を結成したのを機にスカウトされ芸能界デビュー。1963年、梓みちよさんとのデュエット曲「ヘイ・ポーラ」が大ヒットしNHK紅白歌合戦に初出場。翌年発売された「二人の星を探そうよ」のヒットで人気歌手の仲間入りを果たす。現在は、夫婦でディナーショーを行う傍らチャリティコンサートなどの福祉活動にも尽力。2010年より一般財団法人日本歌手協会会長に就任。

     九重佑三子 (ここのえ ゆみこ)
1946年3月21日生まれ 東京都出身。1962年、パラダイス・キングの一員として芸能界入り、翌年「シェリー」でレコードデビューを果たす。特影テレビドラマ『コメットさん』(TBS)の主演でお茶の間の人気を博し、中南米でも大ブームに。第18回NHK紅白歌合戦では、当時史上最年少(21歳)で紅組の司会を務めた。結婚後、育児のため一時芸能活動を休業するも、復帰後は夫とのコンサートやバラエティ番組のコメンテーターとして活躍中。

――運命の出会い
 1960年前半、同時期に同じジャンル(アメリカンポップスのカバー曲)で芸能界デビューをした二人。初対面は歌番組「ヒットパレード」。その時は「どうも…」と一言交わしただけだった。当時、事務所の方針で「男性タレントと口を利いてはいけない」という九重さんの対応に対して、田辺さんは「生意気で無口でかわった子」という印象をもったという。
 兄弟役から夫婦役までテレビ共演が続き、朝から晩まで四六時中一緒だった二人は、自然な形で多くの時間を共有していった。途中4年間の空白はあったものの、黒柳徹子、坂本九、渥美清さんら錚々たる大先輩達の後押しの中、1973年、愛でたくゴールイン。二人の媒酌人は、ドラマで共演以来親交が深かった森繁久彌夫妻。二人のスケールの大きさがうかがえる。
――「おしどり夫婦」の実態
 芸能界きっての「おしどり夫婦」と知られる二人。理想のカップルがそのまま時を経て理想の夫婦になったようだ。
 田辺 「仲良い夫婦の代名詞に使われている『おしどり』ですが、本当の生態は違うんですよ。水面上では仲良く寄り添ってる様に見えますが、水面下では互いに蹴っ飛ばし合っている(笑)しかも、毎年相手が変わるんです。で、僕たちは普通に当たり前に一緒にいるだけのですが、客観的に見ると仲が良く映るらしいです」
 九重 「2本の敷かれたレールから脱線しないように進んでいく事が、私達の与えられた使命だと感じています。個々に何があっても、二人の生活や仕事を崩してはいけないと思うんです。森繁さんや偉大な渡辺プロの社長に『お前達は、二人でやっていくんだよ…』と言われ、ある意味それは遺言なのだと思っています。運命でここまできたという感じですね」
――突如襲った原因不明の病
 田辺 「ある時急に足がしびれて動かなくなってしまったんです。ストレス性のものらしいのですが、ちょっとした緊張に過敏反応し体が硬直した状態のままになるんですよ。負けそうになる気持ちをおさえ、この時ばかりは『なにくそっ』と踏ん張りました。僕の人生の中でこんなに頑張ったのは初めてですね。ある意味、神様が僕に試練を与えているのだと思いリハビリに励みました」
 九重 「お医者様は『車椅子の生活になりますよ』と告げ入院を勧めるんです。私は、『冗談じゃない!私が治してみせます』と言って彼を連れて帰りました。その日から覚悟を決めて厳しくしましたよ。人間『楽』を覚えてしまったらどんどんダメになりますからね。心を鬼にして逆療法で接しました。『あの時は、鬼の様だった』と今でも言われますけどねっ!」
――夫婦の絆
 お互いの事を「田辺さん」「九重さん」と呼び合う二人。夫婦という枠にとらわれない強い絆で結ばれていると感じる。
 田辺 「それぞれの世界を持つことが大切だと思うんです。青春時代のアイドルが一緒になるという事には色々な思いがあるわけですよ。ただ、いつも自然体でいたいと思ってます」
 九重 「私たちは、性格がまるっきり正反対。のんびり屋でマイペースな彼と、根っからの下町っ子の私。『陰』と『陽』でうまくバランスがとれているんですねっ。夫婦ずーっと一緒にいるっていうのは大変ですし苦労も多いです。この仕事をしていると特に。だからこそお互いの価値観を大切にしていきたいですね」
――明日がまだある
 新曲のデュエットシングル『明日がまだある』。田辺さんが作詞作曲を手掛けたこの曲は、シニア世代に向けての応援歌のようだ。
 田辺 「僕は今年70歳になったのですが、今の熟年世代は昔に比べて相対的に10歳位は若いと思うんです。『50何年以上もこの世界でやってこれた秘訣は?』と聞かれて、『一生懸命やってこなかったから…』とよく答えるのですが、人生の流れに逆らわないで少し手を抜く生き方くらいが調度良いんじゃあないでしょうか」
 九重 「私は、人生これでいいんだ思う事は絶対ないんです。毎日どこに行っても誰と会っても、そこで何か感じるものがあるでしょ。それを一つずつ新鮮に受け止めています。毎日一つ一つワクワク感を持って生きていく。それが私の若さの秘訣でもあります」

「この人がカミさんで良かったと最近になって一番思うのは、つまんないことでもよく笑ってくれる事なんです。それが何よりです」と語る田辺さん。それを愛くるしい笑顔でかえす九重さん。温かい雰囲気に包まれた時間が流れた。


 2015年10月
 (聞き手:高橋牧子 編集長:山本英二)

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