スペシャルインタビュー - 尾藤イサオさん

スペシャルインタビュー 尾藤イサオさん

 ボクシングアニメ『あしたのジョー』の主題歌でお馴染み、ハスキーボイスの持ち主、尾藤イサオさん。1966年のビートルズ初来日の日本武道館公演の前座として、内田裕也さん・ジャッキー吉川とブルーコメッツらと共に出演したのは有名な話。歴史を作った世界的スター『エルビスプレスリー』に魅せられてきた彼が、当時を振り返りながら語ってくれた。
プレスリーに魅せられて180度変わった人生!
Profile 尾藤 イサオ(びとう いさお)
1943年11月生まれ 東京都台東区出身
10代半ばまで太神楽の曲芸師として活躍するも、エルビスプレスリーに魅せられ歌手の道へ。1961年18歳で歌手デビュー。「日劇ウエスタンカーニバル」に連続出演し、プレスリー賞を受賞するなどロック歌手としての地位を築く。1965年『悲しき願い』の大ヒットでロカビリー歌手として一世を風靡した。現在もコンサートや舞台、ドラマ出演など精力的に活動中。

――芸は身を助ける?!
 芸人一家に生まれ育った尾藤イサオさん。10歳で太神楽という曲芸の道の修業を始め、幼くして住み込みで師匠の下に仕えていた。曲芸の世界はさぞかし厳しいかと思いきや、サラっと『楽しい世界ですよ!』という返事が返ってきた。
 「小学校の6年の春には、既に初舞台に上がっていました。ですから、学校行事は勿論、小・中と修学旅行には参加できませんでした。でもその分、米軍のキャンプ座間・横浜・横須賀・佐世保など、日本全国を曲芸で周りました。挙句の果ては、オーストラリアからアメリカまで、あの当時に行けたんですね。『芸は身を助ける』じゃあないけれど、曲芸のおかげで幸運にも思ってもみない経験ができたわけです」
――偶然耳にした『プレスリー』の曲
 12歳の頃、蕎麦屋さんのラジオから流れて来た曲が耳に止まり、足が釘付けになってしまった尾藤少年。その時聞いたプレスリーの「ハートブレイクホテル」は、心に入り込んでいくような衝撃で、その日から人生が変わったのだと言う。
 「曲芸をやっている時もプレスリーの真似をして、衣装は長いストライプのマンボズボン。BGMには『監獄ロック』や『ハウンド・ドック』でロカビリー曲芸と名付けてやっていました。曲芸でアメリカから戻り、ようやく年季明けの16歳の時、いきなり『曲芸を止めてプレスリーみたいな歌手を目指します』と宣言。師匠は『なに~、お前は本物の不良になるつもりか』と腰を抜かさんばかりでしたね。当時、ライブハウスやジャズ喫茶に行くことはおろか、Gパンを履く事すら不良と言われた時代。僕は、アメリカかぶれだったんですね。
 結局、曲芸では独立しませんでしたが、そのまま続けていればギャラは月約10万円。大卒の初任給が8000円の時代です。安定したお金が得られる道を捨ててまでプレスリーの世界に飛び込みたいというエネルギーがあったんですね。プレスリーで人生が変わり、日劇のウエスタンカーニバルに出たいという夢を追ったわけなんです。怖いものは何もなく、プレスリーを歌えればそれだけでいい!と。若さですねっ」
――生ビートルズはただただカッコイイの一言
 もともとプレスリー派の彼。ビートルズを『なんだっ?おかっぱ頭のボンボンみたいな奴らだ』と、否定的だったとか。ところが彼等の初来日武道館公演の前座として出演、歴史的瞬間を目の当たりにし、印象が一変した。
 「当時僕らは、日劇ウエスタンカーニバルという観客3000人のところで歌っていたんですが、日本武道館の観客は一万人。一万人の歓声は生まれて初めてで、僕のヒット曲『悲しき願い』を歌い始めた時の『ウワァ~』という大歓声が嬉しかったですねっ。国賓待遇のビートルズと同じステージに立っているのが信じられない思いでした。
 ビートルズの4人は出てくるや否や、セッティングされた自分のアンプの前に行って、チューニングを始めるんですよ。会場のお客さんに挨拶するわけでもなく、チューニングが終わった途端、いきなり『♪~ロックンロールミュージック~♪』と始まるんです。それがまたカッコイイ。斬新的というか型破りというか…、彼らは別格ですね」
――ハンディを感じさせない活躍
 ロカビリー歌手としてデビューし、ロック歌手としてステージで活動する傍ら、役者としても才能を発揮。視力にハンディを持ちながら、全くそれを感じさせない演技で舞台やドラマで活躍している。
 「今回のフジテレビのドラマ『早子先生、結婚するって本当ですか?』でご一緒する主演の松下奈緒さんは音大出身のシンガーソングライターだとか。音楽畑の人が舞台や芝居をやるという事には共感を覚えますね」
 このドラマでは、憧れの松坂慶子さんと夫婦役を演じている。お茶の間で拝見するのが楽しみだ。
――若さの秘訣は、続けられる仕事がある事
 とても70代とは思えない程若くてエネルギッシュ。でも、健康のために特別何もしていないとか。
 「若く見られて当たり前の世界。メディアに出ている以上は、沢山の方に見て頂いて喜んでもらいたいといつも思っています。4年前から続いている『同窓会コンサート』を始め、この秋からも舞台の再公演が入っています。とても有り難い事で、この仕事を続けていられる事が一番の若さの秘訣だと思うんです。もちろんそれには家族の存在も大きいんですけどね」

 『あしたのジョー』の主題歌を歌った当時の魅力的なハスキーボイスは今なお健在。今後やってみたいことは?との問いに「リニアモーターカーに乗ってみたい」と少年のような一面をのぞかせてくれた。


 2016年4月
 (聞き手:高橋牧子 編集長:山本英二)

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