スペシャルインタビュー - 仲本工事さん

スペシャルインタビュー 仲本 工事さん

 言わずと知れた「ザ・ドリフターズ」のメンバー、仲本工事さん。最高視聴率50%超というお化け番組「8時だョ!全員集合」は、幅広い年代の人々の記憶に残っているに違いない。土曜の夜のひと時はテレビの前で一家団欒…そんな光景の担い手となっていた彼ら。その中のオールラウンドプレーヤーである仲本工事さんに、ドリフターズ時代を振り返りお話して頂いた。
やりたい事がなくなった時
   全てがそこから始まります。

Profile 仲本 工事(なかもこうじ)

1941年生まれ。東京都渋谷区出身。学習院大学在学中にジャズバンドにセカンドシンガーとして参加したのがきっかけとなり、加藤茶や高木ブーと出会う。1965年、いかりや長介をリーダーとする「ザ・ドリフターズ」にギタリストとして加入。1969年から15年以上続いた国民的バラエティ番組『8時だョ!全員集合』がお茶の間の人気を独占し、コメディアンバンドとしての地位を獲得。リアクションとコント芸でグループの中枢を支えた。現在は歌手・作曲家・俳優としての顔を持つマルチタレント。

――文武両道を地で行く学生時代
「将来は弁護士かジャーナリストになりたかった」と語るだけあり、中学・高校時代の仲本さんは成績抜群でかなりの秀才。おまけに体操の選手としても、東京都大会の新人戦で個人総合4位の成績を残す文武両道。
 入学した大学に「体操部がなかった」という理由から音楽の道に踏み込んだ。もともと器用で何でもソツなくこなすタイプの仲本さん。独学でギターを弾きこなし歌も得意と、既にこの頃からマルチな才能を発揮していた。 
 大学在学中に、ジェリー藤尾さん率いるジャズバンドのセカンドシンガーのオーディションを受け見事合格。アルバイトでバンド活動を始めた事が、その後の人生を180度変えていくきっかけとなった。
――父親の猛反対をいかりや長介さんが説得
 「いかりやさんが新しくバンドを作る時、当時のバンド仲間のブーちゃん(高木ブー)が、ギタリストとして僕をいかりやさんに押してくれたんです。親父は『大学まで出したのに、先のわからない音楽なんてやらせられない』と猛反対。連日いかりやさんが家に来て『俺が絶対に工事の責任を持つから。絶対に辞めさせないから。工事が辞める時は俺が辞める時だから!』そう言って親父を説得してくれました。で、責任取らないうちに死んじゃったからねぇ……(苦笑)。石坂浩二さん司会の『スター千一夜』という番組で、ドリフターズの家族全員がハワイで取材を受ける企画があったんです。その時、親父が『雲の上を飛べたのは、いかりやさんのおかげです』と感謝の言葉を伝えてくれました。初めて親父に認めてもらったんだな…と感じましたね」
――「8時だョ!全員集合」秘話
 「もともと僕は、ドリフターズの音楽担当だったんです。譜面書いて曲を作ってました。それがいつの間にかコメディをやるようになって、音楽から遠のいちゃったんです。僕にとっては不本意でしたよ。『全員集合』は生放送だったから、失敗が出来なく毎週覚える事が一杯。余計な事を考える暇がなかったなぁ。全員集合1時間やる為の稽古は7・8回。本番にアドリブは一切なく、全部決めた通りのギャグです。でないとカメラワークが付いていけないんですよ。タイミング逃してしまいますからね。そのくらい完璧になるまで必死で稽古しましたね」
 子供の頃に見ていたドリフのあの笑いは、全て計算ずくめ。そのシナリオを作っていた中心人物が放送作家ではなく、いかりや長介さんだったと言う。彼がベースとなる案を作り、それをメンバー全員とスタッフで肉付け。いかりやさんにはメンバーは絶対服従だったようだ。
――『メガネ』の愛称のいぶし銀男
 「全員集合の体操コーナーでのコントを作るのが僕の仕事でした。その日のゲストを想定してギャグを作るんですが、歌手の皆さんは本当に良くやってくれましたね。コント中で一番気を付けたのは、ゲストの方に絶対ケガをさせない事です。そんな中で唯一ケガをしたのが高木ブーでしたね(笑)」
 持ち前の運動神経を生かし、体を張ったリアクション芸は仲本さんならでは。また、いかりや長介さんとのコンビコントやパロディでは、味わい深い役どころを演じてきた。彼は、ドリフターズの大切な中枢を担ってきたのだ。
 「ちびっ子が全員集合を見た次の日、学校で僕らの真似をするんですね。ドリフの笑いというのは誰でも素直に真似ることが出来るんです。それが僕らが長く受け入れられてきた理由だと思いますね」
 小学生のカリスマ的存在で一時代を築き上げたドリフターズ。まだテレビが家庭に一台しかない時代、土曜の夜はテレビの前に「家族全員集合」だった頃が思い出される。
――挫折した時からがスタート
 「僕は高校で体操をやってましたが、大学には体操部がなかった。で、しょうが無く音楽を始めたんです。音楽をする為にドリフターズに入ったはずが、何故かコントばかり……そんな具合に、自分のやりたい事がない状態の時、何かがそこから始まるんです。ダメな時こそ何かが生まれてくる。挫折した時からこそスタートですよ!」

 現在もコメディアンとして、また歌手・作曲家・役者として精力的に活動し、元気いっぱいの仲本さん。メガネの奥からのぞかせる優しい瞳は「全員集合」当時と変わりなく、27歳年下の美人な奥様との幸せな生活ぶりが伺えるインタビューだった。 

 2016年10月
 (聞き手:高橋牧子 編集長:山本英二)

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