スペシャルインタビュー - 三善 英史さん

スペシャルインタビュー 三善 英史さん

 歌謡曲全盛時代の昭和47年、どこかはかなげなか細い声で『♪雨に~ぬれながら~』と歌う三善英史さんが鮮烈のデビュー。あの中性的な美しさのとりこになっていた熟年の方も多いだろう。デビュー当時の無口な美少年の面影もご健在ながら、今回のインタビューでは素顔のまま大いに語って頂いた。
『人生』って、最後は上手く帳尻が合うようにできているものです
Profile 三善 英史(みよし えいじ) 1954年生まれ 東京都渋谷区出身

端正な顔立ちとプロポーションが音楽関係者の目に止まり歌手となるきっかけをつかむ。1972年、デビュー曲「雨」がオリコンチャート2位のいきなりの大ヒット。第14回日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞などを獲得。翌年「円山・花町・母の町」でNHK紅白歌合戦に出場。以後3年連続の出場をはたす。2006年、移籍後はバラエティー番組やCMにも精力的に出演。母親の介護をしながら芸能活動を続けていた事を読売新聞に連載し話題となり、「お母さん、もっと生きてほしかった」を出版。現在は、夢グループ主催の全国ツアー「夢コンサート」への出演で日々奔走中。


――とんとん拍子のデビュー
物心がついた頃から歌手になること以外は考えていなかったと語る三善英史さん。電話帳に載っている歌謡教室の小さな広告を見つけたのをきっかけに、歌のレッスンに通い始めた。そこの生徒達と撮った集合写真を偶然目にした音楽関係者は、彼のずば抜けた美しさと輝きを見逃さなかった。
 本人が気付かぬ間にオーディションは教室内で行われ、その数日後には写真撮りとデモテープが作られ、即ビクターレコードを訪る事となった。数か月後にはデビューが決まっており、芸名の『三善英史』という名前が既に用意されていた。デビュー曲『雨』のレコーディングは、何と練習無しの一発勝負だったとか。この曲の大ヒットで、ついこの間まで、渋谷東急の喫茶店でアルバイトをしていた彼の生活が急展した。
――歌謡番組全盛時代
「「デビューしたその日にテレビの生放送を経験しました。その年は、新人の当たり年で、同期には郷ひろみさん、西城秀樹さん、森昌子さん、朝丘めぐみさんがいます。あの頃は歌番組が物凄く華やかな時代。クイズ番組や何にでも『歌ゲスト』があり、リハーサルもできないまま次から次に1日何本ものテレビ番組で歌ってましたね。忙しすぎて、地方に行ってもどこで歌っているのか認識もなく、たんたんとこなしていた感じです。仕事は朝から深夜迄続き、今のようにお弁当も出なくコンビニも無い時代で、ろくなものを口に出来ませんでしたよ。とにかくデビューして丸2年は、1日も休みは無かったですね。3年目から年に2日だけお休みを頂きました」
――『円山・花町・母の町』に秘められた思い
 「デビュー前から目標の紅白には、3枚目のシングル『円山・花町・母の町』で出場しました。この曲を歌うのは、円山の芸者の子として生まれた自分の生い立ちを連想させる様ですごく嫌でしたね。歌にプライベートな事を持ちこんでほしくないので、シングルカットはしないで記念曲としてアルバムにだけ入れる約束でした。ところがレコーディングが終わった時、ディレクターさんもアレンジャーさんも皆がこの歌を聴いて泣いているのです。結局、後にシングルカットされ、曲のキャンペーンに母が駆り出されるなど、自分の一番いやな状況になってしまいました。母は僕の為に、嫌な思いをしてでも出てくれるのが判っていいただけに余計に辛かったです。ですからこの曲を歌うのは、本当に何年も嫌でしたね」
――介護を通して教えられたこと
 彼は9年間にわたり母親の在宅介護をしてきた。当時の様子や母への思いを綴った本「介護がこんなに楽しいなんて ~お母さん、もっと生きてほしかった~」が6年前に出版されている。
 「介護は、人それぞれ状況が違うので、一概に『こうすればいいです』とは言えません。ただ、僕は母親を介護する事ができてとても幸せでした。それまで母にしてあげられる事は限られていたので、そばにいてお世話ができるのは素直に嬉しかったです。介護度5ぐらいになると、食事からシモの世話まで全てやるわけですが、僕が生まれて赤ん坊の時から母親が全部してくれた事。『自分がしてもらった事のほんのわずかでも返してあげられれば…』、という思いでした。介護は介護する人を好きでなければ、なかなか難しいものです。だから相手を見つめ直して、好きなところを見つけるのも大切だと思います。
 母はとても大変な人生だったと思いますが、周りの人にとても優しく接する温かい人でした。そんな母でしたから、最後まで子供たちに囲まれ、親せきや近所の方など、皆さんに物凄く優しく接してもらえたと思います。人生って、最後は上手く帳尻が合うものなのだ…と教わった気がします」
――やろうと思ったことは、年齢を気にせずに挑戦
 「僕は今、夢グループ主催の全国コンサートで歌わせて頂いています。小林旭さん、橋幸夫さん、五月みどりさん、水前寺清子さんなど、エネルギッシュな大先輩と一緒にお仕事ができる環境です。私は今、引き上げて頂いている立場ですが、何れは自分が先頭に立って引っ張っていけるように頑張れたら最高ですね。もう歳だから…なんて言っていれません。みなさんも、年齢を気にせず、『これがしたい、この服が着たい、あそこに行きたい』と思ったら、恥ずかしがったり周りを気にしたりせずに活動していく事が大事です。できなくなる時はいずれ必ず訪れるのですから…」

 お母様を大好きで大切に想う強い気持ちが伝わってくるインビューでした。デビュー当時の無口なイメージと違った、爽やかな笑顔で冗談交じりのお話しも印象的でした。

 2017年8月
 (聞き手:高橋牧子 編集長:山本英二)


バナー