スペシャルインタビュー 林家 たい平さん

日本テレビ系の長寿番組『笑点』の大喜利のメンバー、林家たい平さん。オレンジ色の着物と元気な笑顔で老若男女の心を掴み、お茶の間の人気者だ。故郷である秩父や寄居の自然を背景にした最新主演映画の話題と共に、生まれ育った故郷への思い、そしてこれまでの「落語人生」を真摯に語ってくれた。

一人でも多くの人に『落語』を通して、
笑いの豊かさや幸せを感じてほしい。

デザインも落語も人を幸せにする

美術大学で商業デザインを学ぶという、異色の経歴を持つ彼。入学したての時、「デザインは人を幸せにする為にある」という教授の言葉に感銘を受け、創作に励む学生生活を送っていた。
「毎日課題の制作に追われ心がざらついている中、偶然耳にしたのがラジオから流れてくる5代目柳家小さん師匠の『落語』でした。その話に引き込まれ、気付いたら大笑い。心が爽快に生まれ変わり、また明日から頑張ろう!という気持ちになれたのです。声しか聴こえない空想だけの世界で、こんなにも風景や人物の絵を心に描ける『落語』の世界に衝撃を受けた瞬間でした。『落語』という画材で人を幸せにできる、デザインも落語も行きつく先は一緒なのだと気付いたのです。そこから、『落語』の世界へと舵を切った訳です」

6年半の住み込み生活

「大学卒業と同時に、林家こん平師匠の門をたたき、大師匠である初代林家三平宅で行儀見習いとしての住み込み生活が始まりました。朝から掃除、洗濯、買い物、楽屋では雑用に明け暮れる日々です。卒業したての22歳、一番色んな事が吸収できる時期、美大仲間から、『デザイン事務所に就職してポスターを手掛けた』『こんなCMに携わっている』、などの報告を受けると、焦りや不安もありました。ただ、それを凌駕する、『絶対に落語家になって、自分が受けた感動をまだ知らない人に伝えたい!』という強い信念があったからこそ、この通過点を乗り切れたのだと思います。この時代の経験全てが財産となり、今の僕があります。無くてはならない6年半だったと思います」

『笑点』の力に乗って

「師匠の林家こん平に代わり、『笑点』の大喜利メンバーとして、オレンジ色の着物を着て師匠の座っていた席に着く事になる訳ですが、夢のまた夢という感じで…。隣を向けば昔から観ていた師匠の顔ぶれ。現実を受け止められなかったですね。両親や親しい友人は、喜ぶとか楽しむどころでなく、自分以上に心配で見ていられなかったと思います。最初の3週、当時司会の円楽師匠に全く指されなく、胃に穴が開きそうでした。楽屋でその訳を尋ねると、何と『本番になると君の名前がわからなくなってしまうんだよ』と。ホッとした事を覚えています(笑)。
今も番組を見返しては『もっと面白い事が言えたんじゃあないか』と、喜んで貰える次の準備として何が出来るか、反省の連続です。『笑点』に出演してからは、幅広い年齢層の方に顔を覚えて頂き、仕事や活動の場も広がりました。改めて『笑点』という番組の計り知れない凄さを感じます」

地産地消の映画「でくの空」

「地産地消の映画を作りたい」という島春迦監督の思いから生まれた映画『でくの空』に主演。地元秩父にできる映画館のこけら落としで間もなく上映される。
「この映画には、『気付かない故郷の美しさを知ってほしい』というテーマがあります。映画を通して当たり前に見ていた景色にもう一度出会い、改めて故郷の良さを感じて貰えたら、と思います。淡々とした日々を映していく中、人は心がぶつかり合っても時間を掛けさえすれば最後は一つになっていく。『思えば思われる』の気持ちがゆっくり心を解かす…、という事が確信できる内容です。出演者やエキストラは地元の方が多く、地域を盛り上げるお祭りを作り上げているかのようです。
僕が歌うシーンはしっかりと歌い切りたいという思いで臨みました。でも、歌うほどに歌詞が心に染みてきて、涙がこみ上げて歌えなくなりましたね。実は20テイク位しています」

故郷・秩父は、みんなのふる里

「東京からラビューに乗れば、1時間20分で到着する程よい距離で、大都会の奥座敷として鎮座しているのが、僕の故郷『秩父』です。全てを受け入れてくれる自然、山・川・旨い食べ物や酒があり、素朴な人達がいます。そしてどこか昔懐かしさを見出すことが出来るのが魅力でしょう。郷土愛を育むお祭りも各所で盛んです。少しでも多くの皆さんに秩父を知って足を運んで頂きたいです。落語に対しての想いと同様、故郷のために自分に何が出来るか、と常に考えています」

ドキドキする事に出会って欲しい

「今まで培ってきた自分の好きな事に寄り添って歩んで行くのも幸せな事ですが、これから新たに出会う事に向き合ってチャレンジし、楽しんでほしいと思います。新しい事、出来なかった事に挑戦すると、こういう見え方あるんだ…と、人生がより豊かになると思います。ままならなかった事に、果敢に挑戦してみてください。大それた事でなくていいんです。小さな事でも新しい世界が見えてくるはずです。経験した事は、全てプラスになるはずですから」

時折覗かせる秩父訛りが愛らしい林家たい平さん。「便利さとか豊かさを求めて走ってきた結果、本当に一番肝心なものが忘れ去られた時代、その大切な物が、『落語』の世界に詰まっている」と話します。奥深く人生が豊かになる『落語』の懐の深さや広さを感じることが出来る『噺』を一刻も早く聴いてみたい、と思わせるような繊細で素敵な言葉の数々でした。

聞き手 高橋牧子
編集長 山本英二

Profile 林家 たい平(はやしや たいへい) 1964年12月生まれ 埼玉県秩父市出身
1987年武蔵野美術大学造形学部卒業。88年林家こん平に入門。93年NHK新人演芸コンクール最優秀賞などの数々の賞を受賞し、2000年真打へと昇進。2006年人気番組『笑点』の大喜利メンバーになって以降、ラジオやドラマ、CMなどに多数出演。2008年芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞をはじめ、母校の芸術文化学科客員教授の就任や落語協会の理事を務めるなど、活躍の場を広げている。