連載 小さな旅64 八王子城跡

所在地/東京都八王子市元八王子町3-2715-2(管理棟)
交通/JR高尾駅北口1番バスのりばより西東京バス
「霊園前・八王子城跡入口」下車、徒歩約20分
土曜日・日曜日・祝日のみ、JR高尾駅北口1番バスのりばより「八王子城跡」行運行
車 : 圏央道八王子西インターチェンジから高尾方面へ約10分
八王子城跡オフィシャルガイド(ボランティアによる無料ガイド)
午前9時から午後3時まで ※年末年始(12月29日から1月3日)を除き毎日活動

秀吉軍により落城した
悲運の名城

北条氏の本城・小田原城の支城

八王子城は、小田原に本拠をおいた小田原北条氏の三代目、氏康の三男、北条氏照が築いた山城で関東屈指の規模を誇った。国指定史跡で、日本城郭協会選定日本100名城にも選定されている。その規模は広大で、氏照の居館があった山麓の「居館地区」、その東側の家臣の屋敷が並んだ「根古屋地区」、居館地区背後の山上に築かれた山城「要害地区」、居館地区の南側にある外郭防衛線「太鼓曲輪(くるわ)地区」の四つの区域に分けられる。
この八王子城は、天正18年(1590年)豊臣秀吉軍、前田利家・上杉景勝軍らの部隊約1万5千人に攻められた。当時、城主の氏照以下家臣は小田原本城に駆けつけており、城にはわずかな将兵の他、領内から動員した農民と婦女子を主とする約3000人が立て籠ったが、悲惨な殲滅戦の末にわずか1日で落城。これが決め手となって籠城を続けていた小田原城は開城、北条氏は滅亡した。
史跡公園として整備され、一般的な見学スポットになっているのが、山麓の「居館地区」。氏照の居館「御主殿」を中心としたエリアで、政治的な中心地だった。城山川にかかる曳橋(ひきはし)を渡った一帯が御主殿だ。本丸跡のある「要害地区」のある城山は標高445m。麓から約40分の山道を歩く事になるので、登山する心積もりで。途中「八王子」の地名の由来となった「八王子神社」もある。往時を偲びながら、ゆっくりと訪れたい。

①八王子城・御主殿(ごしゅでん)への通路と虎口(こぐち)
②御主殿跡 礎石の数からその規模が推察できる
③御主殿の滝 落城時に婦女子らが自刃してここから身を投げた。その血で三日三晩赤く染まったといわれている。この地域には、先祖供養のために小豆の汁で「あかまんま(赤飯)」を炊く風習もあるという。
④八王子城跡ガイダンス施設
 東京都八王子市元八王子町3-2664-2
 ℡042-663-2800 入館無料
 9:00~17:00(年末年始休み)
⑤本丸跡 城山(標高445m)山頂付近に設けられた城郭では最重要箇所
⑥八王子城跡(八王子神社付近)からの眺め