スペシャルインタビュー 沢田 亜矢子さん

朝の情報番組「ルックルックこんにちは」で、メインキャスターを務め、明るく親しみやすい笑顔で、朝の顔となった沢田亜矢子さん。「サスペンス劇場」の看板女優として活躍した彼女だが、芸能界への出発点は、歌手。今年、芸能生活50周年を迎え、記念作品として『夕顔』『小さい花』をリリースした。原点の歌手として、精力的に取り組んでいる彼女の言葉に耳を傾けたい。

70代はまだまだ〝ひよっこ〞
今が夢を現実に変えていく最適な時です

少女時代は村のアイドル

北海道・北見の生まれ、3人姉弟の長女として両親の愛情をいっぱいに受け育った彼女。冬場は零下20度以下にもなり、小学校に通うにも、スキーを履かないと辿り着けないような厳しい自然環境だったが、弾けるような笑顔を絶やさない少女に成長した。ラジオから流れてくる歌を聴いては、近所の人たちの前で覚えたての歌を披露し、拍手喝采。学芸会などでは、いつも独奏や独唱に選ばれ、中心的な目立つ存在だった。彼女の才能を一早く見出した学校の先生は、音楽の道へ進ませるようにと両親を説得。高価なピアノを買い与えてもらい、遠く離れた町までレッスンに連れて行ってもらうようになったと言う。
「高校卒業後は上京し音楽大学に通うのですが、故郷を離れてみると周りの音大生達の圧倒的なレベルの高さに愕然となり、音楽の道で生きていく将来に不安を感じていました。その頃、都内の有名ホテルでピアノの弾き語りのアルバイトをしていたのですが、その姿が芸能事務所の方の目に止まり、トントン拍子で歌手デビューが決まったのです」

恩人、森光子さんの言葉

「歌手デビューの3カ月後、森光子さん主演ドラマ『じゃがいも』で、娘役に抜擢されました。その後も『水戸黄門』や『大岡越前』など、レギュラー出演が次々に決まったものですから、セリフの勉強一つせずに何の苦労もなくスター路線を歩み始めたのです。
元来歌手である私の歌を聴いた森さんは、『あなたは奇麗な声で音程も確かなのだけれど、歌に味が無いのよね…。歌は2、3分のドラマなのだから、歌手を目指すならばお芝居の勉強をするべきです!』と、芸能界駆け出しの私にアドバイスをしてくださいました。この言葉が女優の道へ本格的に進むきっかけとなりました。同時期のスター、山口百恵さんや浅田美代子さんのようなアイドル路線ではない私は、一から芝居の勉強
をする為に新劇の先生を付けて頂き、俳優術を学ぶスタートを切りました。ご紹介頂いた事務所には、森さんを始め、黒柳徹子さん、佐久間良子さん、平幹二朗さんなど、国宝級の俳優さんが在籍していましたね…。森さんは、芝居に関してはとても厳しい方でしたが、半人前の私をどんどん舞台に起用してくださいました。森さんの近くで俳優としての基礎を学び、自然に観える演技の大切さを教わりました。『お芝居、大分良くなったわね』とお褒めを頂いたのは、何年も後になってからでしたね。女優としてスタートを切る最初の段階に、森さんの側に居られた事はつくづく幸運だったと感じます」

女性初のメインキャスター

歌手デビューから5年後、朝の情報番組『ルックルックこんにちは』のメインキャスターのオファーが届く。当時は今とは違い、女性一人で情報番組の司会をするのは、かなり画期的な事だったが、彼女はその先駆者となった。「この番組のプロデューサーさんが、私が歌うアニメ『家なき子』の主題歌を聴いてくださり、『この子に会ってみたい』という事でオーディションを受ける機会に恵まれました。うつむき加減で『はい』『いいえ』しか喋らなかったのが功を成し、『司会はしゃべりすぎない方がいい』という事で起用されたみたいです(笑)。人生を振り返ると、全て幸運な抜擢の連続でしたね。
番組スタート当初は、1.2%の視聴率だったのが、3ヵ月後には10%代にまで伸びました。『上手くやる必要はない! 喋りすぎるな! 紺のブレザーは絶対脱ぐな!』と指導を受け、華美にならない親しみやすさに加え、素人っぽさが逆にお茶の間の皆様にウケたのでしょうか…。プロデューサーさんの番組を成功させる才能が素晴らしかったと思います。当時はドラマやミュージカルなどのレギュラーもかなり重なり、いつ食事をし、いつ寝たのかもわからないほど。サスペンス劇場や2時間ドラマの主役も毎月務め、無我夢中で駆け抜けた時代でした」

芸能活動50周年、
キャリア原点の『歌』に再挑戦

女優、司会者として確固たる地位を築いた彼女だか、音大声楽科在学中に歌手としてスカウトされ芸能界に入っている。50周年の節目の年に、原点である歌に向き合い、歌手として新たな挑戦を始めたいと語る。
「私のキャリアの原点は、やはり『歌』です。歌手としては、どこかやり残した感があり、節目の年に記念になるものを形に残したいと、新曲をリリースしました。自分が納得し満足できるものを作り上げたいとの思い
で、初めて作詞にも手がけたのが『小さい花』です。デビュー曲『アザミの花』を歌った頃は、歌詞に込められた思いを理解できないまま、キレイに歌うだけだったと思います。50年を経て、あの当時、森光子さんに言
われた歌の『あじ』の意味が分かるような経験もし、私なりに書き下ろしました。今は、歌うのが楽しくて、歌うたびにその歌詞に合った声が出てくる感じです。大先輩歌手の方の前でも『私の歌を聴いてほしい』とい
う気持ちになりますね(笑)。
70代でも、まだまだ自分の可能性に挑戦できる時代になってきています。今迄の人生を歌に込めて届ける事で、皆様に元気や勇気を与えられる実感があります。この先どんな方向へ向かい何が起こるかわかりません、やってきた事に何一つ無駄な事は無かったと思えます」

聞き手 高橋牧子
編集長 山本英二

 

Profile 沢田 亜矢子(さわだ あやこ)1949年1月1日生まれ 北海道北見市出身音学大学在籍中、都内ホテルでピアノの弾き語りをしていたところをスカウトされる。1973年「アザミの花」で歌手デビュー、多くのアニメ主題歌やCMソングを歌う。79年、ワイドショー番組「ルックルックこんにちは」のキャスターに抜擢され、司会を5年半担当。NHKテレビ小説「ひまわり」を始め、数多くの2時間ドラマの主演を務め、女優業を中心に活躍。デビュー50周年を迎え、記念作品となる新曲をリリースするなど、多方面でマルチな才能を発揮し活動展開中。