
NHK大河ドラマ『信長』で25歳の時に織田信長役で主役を務め、存在感ある演技で異彩を放った緒形直人さん。父親である昭和を代表する名優・緒形拳さんも、大河ドラマ『太閤記』(1965年)や『峠の群像』(1982年)で主演を務めた経験の持ち主で、親子2代での主役は大河ドラマ史上初めてのこと。父親の背中を見て育った彼の俳優道と、最新出演映画『シンペイ~歌こそすべて』の時代背景を交えた、重みのある言葉に耳を傾けたい。
時代とともに生きた音楽の余韻を
スクリーンから感じとってほしい
日本映画の持つエネルギーに魅せられて
幼い頃、父親(故・緒形拳さん)の演じた映画作品を全く観たことが無く、父親に、「俳優にはなるな!」と言われて育ったという緒形直人さん。ところが中学時代の夏休み、父親が出演する映画『楢山節考』(今村昌平監督、カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞)の撮影の雑用係として現場に訪れる機会があった。撮影は、過酷な環境の長野県山奥の廃村で行われたが、この体験をきっけに映画制作の道を志すようになる。
「初めて映画製作の裏方として携わり、出来上がった作品を観た時、映画の持つ物凄い力を感じました。それまで日本映画をじっくりと観た事は無かっただけに、その芸術性や映画が持つエネルギーにショックを受けたのです。電気も水道もガスも通っていない全く陽の当たらない場所で、皆でただ黙々と一つのものを作り上げている…、それがカタチになった時にパワーを感じ、自分の将来の目標が定まった気がします。映画製作のスタッフになりたいという希望を持ち、18歳の時に研究生として青年座に入所しました。照明や大道具・小道具などの裏方に携わり、いずれは今村組に入り、映画を作る側になりたいという思いでした。当時、俳優という仕事には全く興味は無かったですね」
人生を変えたデビュー映画『優駿』
青年座在籍の翌年、小説家・宮本輝原作の映画『優駿ORACION』のオーディションの話が持ち上がった。競走馬オラシオンの誕生から日本ダービーへの挑戦までを、人間模様を交えドラマチックに描かれた物語で、彼はこの作品の主人公役に抜擢されるのだった。
「元々俳優志望ではなかったので、この話はすぐにお断りしました。ですが、劇団の社長に『原作も読まないでお断りするのはあまりにも失礼なので、小説は読んでみなさい』と言われ、その日に『優駿』上下巻を持ち帰り、朝まで一気に読みました。強烈な印象が残り、この役は他の人には譲れない!自分がやるべき!という思いがこみ上げてきたのです。翌日には社長に『オーディションを受けます』と伝えていましたね。それほど衝撃を受け、自分には出来る!と感じました」
足かけ1年、映画の撮影をする中で、同世代の役者さんからの影響も受けながら、一流のベテラン役者さん達の芝居を目の当たりにする事になる。デビュー作にして俳優としての演技が認められ、数々の新人賞を受賞し、俳優として歩き始めるきっかけとなった。その後の活躍はご存じの通りで、役者としての道を切り開き、確実に俳優道を歩み続けている。
最新出演映画
『シンペイ~歌こそすべて』
2025年1月に公開される映画『シンペイ~歌こそすべて』は、大正から昭和初期にかけて、音楽と共に激動の時代を生き抜いた稀代の作曲家『中山晋平』の生涯を歌で綴った映画だ。今も歌い継がれている、童謡『シャボン玉』『てるてる坊主』を始め、『カチューシャの唄』『ゴンドラの唄』『東京行進曲』『東京音頭』など、子供からシニアまで、全ての世代が口ずさめる幅広いジャンルの約2000曲を世に残している。映画の中で、彼は青年期の中山晋平(演:中村橋之助)の師である劇作家・島村抱月役という重要な役どころを演じている。
「今回、『新劇運動』の中心となり激動の時代を生き抜いた『島村抱月』という面白い役を頂きました。彼は、ヨーロッパに留学し、劇作家として見聞を広げ、新劇という舞台を日本で爆発させるという野心を持つ人物です。『坪内逍遥』と共に、新しい芸術的な舞台を一から作り上げ浸透させていく中、劇中歌を頼んだ晋平が人気作曲家になっていく生涯を描いた音楽映画です。舞台上で『松井須磨子』が歌うシーンでは、岐阜の実際の古い劇場を使うことができ、より当時を再現できました。日本人が新劇と出会い夢中になり、日本中が活気に溢れていた古き良き時代が、登場人物と共に描かれています。どこか懐かしさを感じ、今も生き続けている歌や芝居が、この先も残っていってほしいと願います。音楽と共に流れていったこの懐かしい時代を、ぜひご家族でスクリーンから感じてほしいと思います」
現在、NHK朝ドラ『おむすび』の撮影で、大変お忙しいご様子の緒形直人さん。ドラマの神戸編では、震災で人生のどん底に追い込また男を演じ、そこからどのように上を向いて長いトンネルから抜けられるのか…、今後の展開に目が離せない。
優しい口調で静かに『一つ一つが挑戦ですので、与えられた役に真摯に向きあいその壁を乗り越えていきたい』と、謙虚に語る姿が印象的でした。
聞き手 高橋牧子
編集長 山本英二
Profile 緒形 直人 (おがた なおと)1967年9月22日生まれ 0型 神奈川県出身
1988年デビュー映画『優駿ORACION』にて、第12回日本アカデミー賞新人俳優賞、第31回ブルーリボン賞新人賞など数々新人賞を受賞。その後、フジテレビ系『北の国から’89帰郷』ほかTVドラマに多数出演し、92年のNHK大河ドラマ『信長KING OF ZIPANGU』で主演を務める。1996年『わが心の銀河鉄道宮沢賢治物語』では、第20回日本アカデミー賞優秀主演男優賞受賞。近作に『64-ロクヨン-後編』『万引き家族』『シサム』、TBSテレビ『アンチヒーロー』、NHK連続テレビ小説『おむすび』などに出演し、演技派俳優として活躍中。